2012年04月11日

「トマール」

ポルトガル街並みスケッチ 018.JPG
「トマール」tomar
西には小高い丘と深い森、東にはナバオン川、丘の上にはキリスト騎士団の本拠地修道院がある。この時期、樹木に赤い花が一杯咲いていた。モーシャオン公園を散策、大きな水車があった。メイン通りを歩くと建物の窓、窓がそれぞれ異なり、実に美しかった。さまざまな装飾を凝らし、ポルトガルはどこへ行っても建物の窓が美しい。古い教会、街並み、川のある風景、落ち着く街である。丘の上からの眺望は日本にない風景で絵本の世界であった。山腹に教会が建っていた。しばし時を忘れる。
ゆっくりもう一度訪ねてみたい。
posted by sinport at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

「泥棒市場」

ポルトガル街並みスケッチ 064.JPG
「泥棒市場」lisboa
なぜか女泥棒(ladra)の市場と呼ばれている。サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会の附近から店が並ぶ。あらゆるものが道端、テーブルに展示される。丁度5月、ジャカランダの花が満開の季節。
どうしても理解不可能な小道具、日本の陶器らしきもの、さまざま。妻と二人で歩き実に楽しい。
こんな市はポルトガルの各地で開催されている。北部の街での骨董市にも出会った。アンチークの人形が3体ほど売られていた。約1万円ぐらいだったと思うが買わなかったことを今残念でならない。その時手持ち現金がこころ細いこともあったが。汚れたフランス人形であった。
posted by sinport at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月31日

「ナザレの鰯料理」

ポルトガル街並みスケッチ 061.JPG
「ナザレの鰯」
ポルトガルの鰯は大きい。リスボンのアルファマの路地でも鰯を焼いていた。
ナザレでも鰯料理を何度か食した。希望したらお代わりをしてくれた。バタ−いためにオリ−ブオイルをかけて食べる、フォ−クとナイフで綺麗に身が取れる。これがまたワインによく合う。
鱈料理と一緒でポルトガルの定番料理。日本でポルトガルのオイルサ−デンも食べるがトマト煮は実にうまい。身が大きく大好きである。
posted by sinport at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月26日

「アルファマ」

ポルトガル街並みスケッチ 060.JPG
「アルファマの街」Alfama
サンジョルジェ城を中心に広がる地域。リスボン大震災の被害を免れる。迷路のような路地、急な坂道、リスボンでの古い街並みである。昔は貴族の館もあった。今は全くの庶民の街、洗濯物がはためき、道端では鰯を焼く煙と臭い、全く看板のない魚屋、レストラン、坂道を休み休み歩きまわる。どこに出るのか分からぬまま坂道を上がっていくと、テージョ川が眼下に輝く。赤い屋根が映える。老女が買い物帰りなのかユックリユックリ石段を上ってくる。気の毒この上ない。
posted by sinport at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

ヴィアナ・ド・カステロ」

ポルトガル街並みスケッチ 024.JPG
「展望台の恋人たち」viana do castelo]
ポルトガルから北約70km、漁港、貿易港として栄えた街、街の山頂にあるサンタ・ルジア寺院の前の展望台からの眺望は抜群の風景、街並みと海。大きな荘厳な教会で、ミサが行われていたが意外と新しい教会らしい。夕方になるとアベックが夕景を眺めに集まってくる。海に沈む夕日は素晴らしい。
この寺院の裏手にポサーダ国営ホテルがある。ここで昼食をとった。外観の割には内装は豪華華麗であった。デザートのケーキが大きく実に甘かった。海辺の街には古い建物が残っている。中世の街そのものである。この街の北は直ぐスペインの国境である。
posted by sinport at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

「モラエス」

ポルトガル街並みスケッチ 030.JPG
「モラエス」
リスボンで生まれる。マカオ港務局副司令官となり、日本に強い関心を持ち神戸で領事歴任。大正2年2月退任、亡妻福本ヨネの郷里徳島に来住。ヨネの姉ユキの妹、斎藤小春を妻として分筆生活にいる。
終生ポルトガルには帰国せず、ポルトガルに「日本通信」を送稿。眉山の麓の伊賀町に住み多数の著書を出版。1929年、昭和4年孤独のうちに寓居で死去。故新田次郎がモデルに「孤愁」の著作を遺している。これが遺作となり後半の徳島での生活がない。モラエスの遺品は戦災で焼けてしまっているが一部
再現された部屋と備品等が徳島の記念館で観ることができる。リスボンの生家を探して訪ねたことがある。「長い歳月を愛する日本に過ごしたる彼は祖国を思い馳せつつかの地に死せり」(碑文一部)のアズレージョの銘板が生家の入り口の外壁に張られている。この自宅でモラエスは人妻との不倫に落ちて
この女性はカスカイスの美しい海で非業の死を遂げている。帰国できなかった理由の一つかもしれない。最期モラエスも酒を帯びて土間に倒れていたと云う。明治天皇に拝謁、児玉源太郎から銃器を購入したこと文学以外に日本とのかかわりが深いモラエス、眉山の麓にひっそり墓石が立っている。
posted by sinport at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

「コインブラ大学」

ポルトガル街並みスケッチ 006 - コピー.JPG
「コインブラ大学」coimbra
アルカソバの丘の上に立つポルトガル最古の大学。大学の建物自体が観光地となっている。モンテーゴ
川沿いの下町から坂道を上って、漸く大学に辿りつく。坂道の両側には下宿屋か陶器の土産物屋あり、教会があり、レストランもあり結構楽しい。大学の構内でぼんやり立っていたら、女子学生の記念写真を撮っているのか、そこをどいてくれと注意された。この時期卒業式でもあるまいに。黒っぽい制服姿の女子学生達、何か祝祭でもあったのであろうか。若い女性たちが眩しい。
posted by sinport at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

「アマランテの縁結び」

ポルトガル街並みスケッチ 011.JPG
「アマランテのおもろいケーキ」amarante
ドウロ川と途中で合流するタメガ川の沿岸に開けた街。3世紀にこの街の守護神となったゴンサーロがこの街に定住、縁結びの神として有名。この日結婚式が行われていた。未婚の女性が聖ゴンサーロの秘部に触れると素晴らしい男性に巡りあえる伝説がある。男性のシンボルのお菓子が一杯炉端で売っていた。店のおばちゃんが私の目の前にその菓子、パン見たい、を突き付けてきた。その菓子がまた大きいのである。日本にも男根を祭った社は数多い、しかし堂々と男根のお土産を売っているところはあるまい。川にかかる18世紀の石橋の景観は実に美しい。高いアーチの石橋。帰路、突然腹の具合が変調きたす、目の前のコーヒショップに飛び込んで、地階にあるトイレに駆け込む。狭い暗いトイレの便器に座って、しばしの安ど感。遠い幼年時代をふと想起した。コーヒも飲まず外に出た。オブリガード。
posted by sinport at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

「エヴォラの焼き栗屋」

ポルトガル街並みスケッチ 068.JPG
「エヴォラの焼き栗屋さん」evora
ユネスコの世界遺産に登録された街並には古代ローマの遺跡、城壁が残っている。(2-3世紀ごろ)
下町の広場に焼き栗屋が熱々の焼き栗を売っていた。この街にはポルトガルで一番古い本場の「パスチシュ・デ・ナタ」のお菓子があると聞いて買って食べる。リスボンで食べた味とあまり差はなかった。甘さは強い。「ケイジャーダ」のお菓子は日本人の口によく合う、シントラで食べた記憶がある。
一泊した折、この街の劇場に誘われたことがあるが夜は不安内でやめた、今思えば劇場だけでも見ておくべきだった。残念な思いがつのる。ホテルで飲んだワインの安さにびっくりした。二日酔いでひどい思い出があるので、ワインの飲みすぎには注意している。
posted by sinport at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

「エストレモスの街」

ポルトガル街並みスケッチ 070.JPG
「エストレモス」Estremoz
エヴォラの北東45km、小さな街。13世紀以来変わらぬ街並み。街は二重の城壁に囲まれている。
ポルトガルで一番美しいポサーダ国営ホテルがある。ここに一泊した。壮麗なレストランでの食事、
大きな部屋のキーホルダー、大きなベッド、深夜目覚めてなんとなく怖い思いをした。ヴァスコ・ダ・ガマが航海に先立ち、マヌエル一世に謁見した歴史的舞台でもある。城から眺める日没の眼下の街並と
広がる耕作地、早朝ポサーダを抜け出すと一面霧に包まれ白い壁と赤い屋根の家並がぼんやり浮かんでいた。黒い犬が一匹、霧の中から突然現れた。下町を散策、老人たちが舗道で椅子に座りビッカやワインを飲んで話こんでいた。どんな話題なのであろうか。
posted by sinport at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

「リスボンの路傍の男」

ポルトガル街並みスケッチ 016.JPG
「犬を連れた路傍の男」risboa
バイシャ地区の通りのショーウィンドウの前に犬を連れた男が居座っていた。周りに荷物が3-4個置かれている。観光客にも見えない、犬を連れて観光するひともいまい。寝ているのか帽子の下の顔は見えない、動く気配もない。二匹の犬も目を閉じて動かない。誰も気に留めるひともいない。ある時刻になったら犬と一緒にストリートで余興でもするのか。
ポルトガルでは「物乞い」や小さい子供がギターを引いて金を稼ぐ姿を地方の街でも見かけた。いつも犬が小さな缶を口にブラ提げコインを要求、当時ジプシーも多くいたようである。最近リスボンでは
「物乞い」は見かけなくなった。
posted by sinport at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月03日

「ファーロの物乞い」

ポルトガル街並みスケッチ 033.JPG
「ファーロの物乞い」faro
この街で日本VSノルウエー、サッカー試合で日本2:0で連勝。楽しみである。この街はイスラムの影響が色濃き、アーチ型の入り口が目につく。旧市街地の入口の門の傍で、犬をはべらせ物乞いが高く
手を差し伸べていた。リスボン、地方都市でもよく見かけた。ある通りの建物の中をのぞいたらアズレージョが山積み、古いアズレージョも一杯ある。作業している男性の話では、よく理解できなかったが
古い壁面のはがれたアズレージョを補修する作業場らしい。2-3百年近い骨董価値の高いアズレージョもありそうである。海辺に出ると無数のヨットが係留されている。海風が気持ち良い。
posted by sinport at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

「ナザレの天日ほし」

ポルトガル街並みスケッチ 017.JPG
「ナザレの天日ほし」NAZARE
漁村と観光地が共存。ケーブルカーで上がった絶壁の「シテイオ」から海の夕日の眺望は格別。
ここの市場も必見。果物、野菜、魚が一杯。好きなだけ買える。2回ほど宿泊、普段の生活の素顔を見ることができる。ジャガイモと鰯の料理がうまい。浜を1時間ほど歩くと漁港があり、残念ながらまだ
行っていない。はまべでは民族衣装のおばちゃんたちが魚の干物を干している。味の開きそっくりであった。
posted by sinport at 14:29| Comment(118) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

「オビドスの赤い屋根」

ポルトガル街並みスケッチ 045.JPG
「オビドスの赤い屋根」OBIDOS
オビドスは美しい城砦都市である。城壁に囲まれた小さな街、その城壁の上を歩くことができる。
高いので少々怖い思いをする。眼下に赤い屋根の街並みが一望できる。ポルトガルの街はどこに行っても白い壁と赤い屋根が美しい。石畳とよく調和している。古びた屋根瓦も多い。雨があがり日差しが出ると、ぱっと家並が輝く。日本では見られない光景である。日本でも備前焼の赤い屋根瓦も中国地方でお目にかかることはあるが、道路と壁が映えず見劣りする。柑橘類の並木がポルトガルの南部に行くと
見られるが、またこの黄色のミカンが白壁に彩りを添える。食べることはできないと地元で聞いた。
リスボンでは屋敷内にレモンの木があったがこれは食されているのだろうか。
posted by sinport at 18:24| Comment(78) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月21日

「エヴォラの学生たち」

ポルトガル街並みスケッチ 050.JPG
「エヴォラの学生たち」evora
エヴォラの街へはリスボンからバスで約2時間半ぐらいか。途中オリーブ、コルク樫の樹林を通過する。特にコルク樫樹林は延々と続く。途中のレストランで野良猫が小鳥をくわえて来た。猫を飼っていることを知っているのか、見せに来たのである。エヴォラは1584年9月に天正少年遣欧使節の4人が訪ねている。ローマ時代、中世の街並みで世界遺産の都市、16世紀建築のエヴォラ大学がある。
若い学生たちがテラスで会話を楽しんでいた。こんな大学に留学したら楽しいだろうな。哲学、神学を
学んでいるのだろうか。そんな雰囲気の学舎である。
街の広場で労働者の集会が開催されていた。代表者が大きな声で演説、労働条件の改善を要求しているのであろうか。それにしては意気軒高とはほど遠い感じ。焼き栗を買って食べた。火傷しそうに熱かった。
posted by sinport at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月19日

「ギマランエス」

ポルトガル街並みスケッチ 032.JPG
「ギマランエスの椿」guimaraes
初代ポルトガル王アフォンソ・エンリケス生誕の地。街の入り口の壁に「Agui Nasceu portugal]
-ここにポルトガル生誕すーと書かれている。中世の街そのもの、石の建造物に圧倒される。
驚いたのは椿の並木が歓迎してくれたこと、色とりどりの花が満開であった。
日本から移植されたといわれている。北部地方では椿をジャパネイロ(日本の木)と呼ばれている。
ポルトでも今も残っている貴族の館の庭で椿を見ることができる。

posted by sinport at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

「カシーリアスの親子」

ポルトガル街並みスケッチ 043.JPG
「カシーリアスの親子」Cacilhas
夕方になるとカシーリアスのバスターミナルの周囲に人々が集う。釣り糸を垂らすひともいる。
リスボンからフェリーが発着している。周囲にレストランが1-2軒ある。奥にはもっとあるのかもしれない。ここからのリスボン市街地の夕景の眺望は抜群の美しさ。真っ赤に染まる。ベンチで親子連れの家族がテージョ川に浮かぶリスボン夕景を眺めている。フェリーから帰宅する人々が吐き出される。
ここからバスに乗って帰宅するのであろう。鰯料理とワインで顔がほてる。多分私の顔も赤く染まっていることであろう。フッとポルトガルにいることを忘れてしまう。フェリー乗り場で若い男女が抱き合ってキスをしていた。フェリーの中でも黒人の男性とポルトガル女性が抱擁、人種差別はあまりないと聞いている。徐々にリスボンの街に帳がおりる。そして街はオレンジ色のナトリユウム灯に染まっていく。
posted by sinport at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

「セツーバルの寿司屋」

ポルトガル街並みスケッチ 051.JPG
「セツーバルの寿司屋」
この街の郵便局の前の切手自動販売機で買う方法が分からず迷っていた時、後ろから「どうしました」と女性の日本語の声。日本人がいることにびっくり。近くで主人が日本レストラン経営、フランスから
食材が豊富なこの街に転居、昼食を食べに行く約束をする。海辺でスケッチをしてレストランを探すが分からない。通りの男性の老人に訪ねて、20分ぐらい歩きまわり漸く発見、老人はにこにこして去って行った。「オブリガード」。主人は関西出身、にぎり盛り合わせ、味噌汁、キリンビール、久しぶりの日本食、身に沁みる。その上小椋桂のファン、たっぷりCDを聴かしてもらった。セツーバルで聴く
「春の雨は優しいはずなのに」、「白い一日」「愛燦燦」心地良いものである。数百年経たであろう
石壁、石畳に響く。客は私とポルトガルの男性のみ。燦燦と陽光眩しい昼下がりの夢のような一日の思い出。
posted by sinport at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

「ボン・ジェズス教会前の双子」 [ 「ボン・ジェズス教会前の双子」

ポルトガル街並みスケッチ 074.JPG
「双子の女の子」braga
プラガはローマ時代軍事拠点としてレコンキスタ後の宗教都市として栄えた。「祈りの街」といわれる
教会、聖堂が多い。海抜400mの山頂にポン・ジェズス教会は建っている。麓から教会までバロック様式の装飾の階段が続く。各踊り場には泉が出ている。信者はこの階段を膝で上がっていく。ここは聖地である。可愛い女の双子に出会った。実に可愛いのである。若い父親が自慢そうに写真を撮らせてくれた。麓までバスできたが途中の路傍の草花が何か日本の雑草に似ているのが印象に残っている。
天気の良い日であった。
posted by sinport at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

「セツーバル」

ポルトガル街並みスケッチ 073.JPG
「セツーバル」setubal
自動車、造船等の重工業盛んな街。魚介類もよく取れる。街の断崖に建つ「サン・フィリペ城」、1590年、ポルトガルを併合したスペイン国王「フェリペ2世」がイギリス軍の攻撃に備えて造った要塞である。ここからの展望は抜群。天気快晴、群青の海が輝いていた。
街中の海沿いにある「市場」の壁のアズレージョは素晴らしい。喧騒の中、鯛、野菜等が実に安い。鯛を買ってくれと声をかけられ「煮魚」や「鯛飯」を想像し生唾を飲み込んだ。市場には各町では必ず覗いてみる。魚が豊富なのに驚く。
posted by sinport at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ぽるとがるスケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする